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1975年にスタートした伝説のTVショー「サタデー・ナイト・ライブ」は、NBCのウィークエンド深夜番組のディレクター、27歳のディック・エバーソル、30歳のローン・マイケルズ、この2人のアイデアによって
企画された。 脚本はナショナル・ランプ―ンで知られたマイケル・オドナヒュー。 出演者は同じく
ナショナル・ランプ―ンに出ていたアンダーグラウンド・コメディアン、26歳のジョン・ベル―シと22歳のダン・アイクロイド、その他、ギルダ・ラドナー、チェヴィ・チェイス、ラレイン・ニューマン、ジェイン・カーティン、ギャレット・モリスらを起用。
「ゴールデンアワーにゃまだ早いプレイヤーズ」
と名付けられ、年間二万五千ドルのギャラで雇われたこのチームが作り出す数々のコントによって
「サタデー・ナイト・ライブ」 はアメリカの国民番組へと
成長していく。 初期を支えたジョン・ベル―シ、ダン・アイクロイドはもとより、エディマーフィー、
マイク・マイヤーズなど現在も映画やTVで活躍するビッグ・ネームのスターを何人も輩出した。
多彩なゲスト出演も魅力で、ローリング・ストーンズも出演したこともある。
そして、最も重要なのはブルース・ブラザーズが生まれた番組ということだ。
1970年代のど真ん中、ニューヨークのロック・フェラー・センターにあるNBCのスタジオは、悪ふざけがメシより好きなジョーカーたちと、マリファナの煙、不安と情熱、そして使命感にあふれていた。 |
1978年

JOHN BELUSHI

キース・リチャーズ
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1976年、2年目のシーズンに突入した頃から、サタデー・ナイト最大の問題が持ち上がろうとしていた。 メンバーたちのエゴだ。 まず最初に脚光を浴びたのはチェヴィ・チェイスだった。 新しいコメディー・スターを探していたハリウッドにとって、彼は願ってもない男だった。 12月、彼は結婚してロサンジェルスに
移り、ハリウッドで活躍しはじめる。 かわりにメンバーになったのがビル・マレーだった。
3年目になると、メンバーはあからさまに他人を押しのけて目立とうとするようになった。 コントの切れ味よりキャラクターやお決まりのセリフで勝負する傾向が強くなったのもこのころだった。 だがそのために、たくさんの名キャラクターや名文句が生まれたのも事実だ。
例えば、ロゼアンナ・ロゼアンナドンナ。 とんがり頭人間。 ダサい野郎ども。 マレーのラウンジ歌手
ニック。 ベル−シの「でもダメなんだよぉぉぉぉぉ
! 」 アイクロイドの「このバカヤロ売女 !
」 そして1978年4月22日、ジェイク・アンド・エルウッド・ブルース。 そう、あのブルース・ブラザーズ初登場だ。
4年目のシーズンが始まる前に封切られたベル−シ主演の
「アニマル・ハウス」 は大ヒットだった。
サタデー・ナイト・ライブのメンバーが、全米のドル箱スターになったことは、誰の目にも明らかだった。
エゴがぶつかり合い、楽屋での確執が高まるにつれ、ショウのの出来不出来も激しくなったが、視聴率やギャラははねあがっていった。 メンバーのこの年の契約金は20万ドル。 スタッフの数も3倍に増えた。 サタデー・ナイト・ライブは、ショウビジネスの超大物たちの耳目を集める番組になっていた。
その中でも、大物中の大物がローリング・ストーンズだ。
ストーンズへの出演交渉は3年目のシーズンから始められ、1978年、10月7日土曜日、4年目の
シーズン最初の日に出演することが決定した。
その週になると、NBCはまたしても戦々恐々の状態になった。 ストーンズといえば、酒とドラッグがつきもの。 生放送で卑猥な言葉を口走らないともかぎらない。 それに、スタジオの客席数はたった300。 どれだけの騒ぎになるか誰にも見当がつかなかった。 だがストーンズはそんな心配をよそに、早々と
ニューヨーク入りし、水曜、木曜と、西52丁目にあるビルズというスタジオでリハーサルを重ねた。
それが終わるとミックとキースはベル−シの家へ行き、しっかり防音設備の施された彼のスタジオ
「ザ・ヴォ−ルト」でブルースをジャムった。
収録スタジオでのラン・スルーは金曜5時。だが、ストーンズが現れたのは夜もだいぶ更けてからだった彼らはSPの見守るなか、スコッチやウォッカを飲み、堂々とコカインをやった。 彼らのリハーサルの出来はすばらしかった。 手のあいているスタッフは、全員フロアで踊っていた。
だが問題はあった。 まず、ミック以外のストーンズはひとりも、この番組がどんな番組であるのか理解
していなかった。 チャーリー・ワッツを説得しているミックの声が、楽屋のドアごしに聞こえた。 キースを入れたコントも予定されていたが、リハーサルの時点でカットされた。 理由は三つ。 @キースがセリフを1行も覚えられないこと。 Aどこでコントに入ったらいいのかわかっていないこと。 Bコントが終わっても椅子から立てるかどうかわからないこと。
ラレイン・ニューマンはリハーサル後、「死人と仕事ができてうれしいわ」 と話した。
さて、土曜日。 「ゴールデンアワーにゃまだ早いプレイヤーズ」
は大受けに受けた。 特に最高だった
のはベル−シだ。 ニューヨーク市長コッチとステージに出てきた彼は、市長から
「アニマル・ハウス」 の演技に対する激励賞を受け取るとこんな内容のモノローグを始めた。
「これだけ ? 本当に ? あのね、市長、あの映画は6000万ドルも儲かったんだ。6000万ドルですよ
ニューヨーク市にそんな大金、ありますかっての。だけどね、俺に入った金はたったの900ドルなんだ
900ドルですよ、900ドル。 手元にゃあなぁんにも残っちゃいない。だから、こんなどーしょーもない、
週に450ドルしかくれないようなショウに舞い戻りさ。 こんなとこになんか、帰ってきたくなかったんだ
!
ハリウッドにいれば良かった ! あっちのほうがずっと楽だったのに
!
でも、ダメだったんだよぉぉぉぉぉ ! !
」
次第に興奮して憤怒の雄叫びを聞かせると、ベル−シは
「゛アニマル・ハウス゛見に行きましょか 」 と言ってコッチとともに退場。 爆笑と大喝采を浴びた。
かたや、ローリング・ストーンズ。 こちらのほうは期待を裏切るパフォーマンスでしかなかった。
リハーサルとパーティーに力を入れすぎた彼らのテンションはすでに下り坂。 おまけにミックも、歌いすぎでカスレ声しか出なくなっていた。
ストーンズの名に恥じない瞬間といえば、ブレイクのところでミックがロンの唇をその舌でぺろりと舐めた
ことくらいだった。
文・ダグ・ヒル、ジェフ・ウェイングラッド
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