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その豊かな表現力、限りない奥深さで、今日のアメリカのブラック・ミュージック・シーンばかりでなく、広くポピュラーの世界にまで多大な影響を与え続けている不世出のアーティスト。
1931年1月22日、ミシシッピ州クラークスデイル生まれ、シカゴ育ち。牧師の息子として幼少から教会で歌い、10代の頃にはそこで組まれたグループ、後の゛the
Highway QCs゛のメンバーだった。ハイスクール時代に名門ゴスペル・グループ゛ソウル・スターラーズ゛に見とめられ、50年からリード歌手として参加。スムースかつ力感ある歌唱、そしてそのルックスから一躍スターとなっていく。56年、ソロとして世俗的ポップ・ソング「Lovable」をゴスペル・ファンに考慮し゛Dale
Cooke゛という芸名で吹き込むが、このアイデアに所属レーベルのオーナーが反対。翌年、別レーベルから自身の名前で自作曲「ユー・センド・ミー」を発表すると、純潔主義のゴスペル・ファンからは非難されたが№1の大ヒットを記録。その後も「ワンダフル・ワールド」「ブリング・イット・オン・ホーム・トゥ・ミー」「ア・チェンジ・イズ・ゴナ・カム」など多数のヒット曲を放ち、白人層からも支持されるなど、ソウル・ミュージックの開拓者として絶大な人気を獲得していった。黒人意識を主張する曲や、自らレーベルを主宰するなど、単なるヴォーカリストに留まらない活動も見せていたが、64年12月10日、ロスのモーテルで女性オーナーに射殺されるという悲劇的な死をとげた(背後に音楽業界における利害問題があり、陰謀殺人と見る説もある)。 |